「ヱヴァンゲリヲン:序」なぜ21世紀の映画に90年代要素を執拗に残したのか
「時に、西暦2015年」
これは1995年放送の「新世紀エヴァンゲリオン」第1話の、一番最初に出てくる文字。
TV版基準だと来年、第三の使徒がやってきて、エヴァが初号機が起動するっぽいです。
しかし今夜放送される『ヱヴァンゲリヲン新劇場版:序』(以下:『序』)ではこの文字はカットされており
パンフレットなどからにもこの文字はありません。
第三の使徒は「第四の使徒」になっているし、カヲル君は月にいる。
TV版、旧劇場版と全く別のルートを再構築し始めた『新劇場版』四部作に、ファンが騒然となったのが2007年。
旧劇場版から10年、今から7年前のことです。
『序』からそんなにたつのか。なんか……待つのに慣れてしまった。
00年代の空気にあわせて再構築された新劇場版『序』。
新しいものを作り、がっちりと方向性を変えているにもかかわらず
90年代にイメージした2015年の空気を保持しています。
『序』の中から、90年代の空気を残した部分をピックアップしてみます。
●公衆電話
●公園
●ミサトさんのスタイル
●カセットテープ
※↑4つについてはソース先にて
赤木リツコの「最近の男は、すべからく自分にしか興味がないのよ」というセリフは印象的。
(本来は「すべからく〜べし」で「ぜひしなければいけない」という意味の言葉)
「草食系男子」という言葉が出てきたのが、2006年の深澤真紀のコラムから。
『序』が2007年公開なのを考えると、このような男性観の発言が出てくるのは興味深い。
90年代に鬱屈の表象だった碇シンジは、21世紀になって多くの人に愛されるようになりました。
そして新劇場版シリーズのシンジは、大人から見て「ナイーブだけど一生懸命がんばる少年」として描かれています。かわいいです。
庵 野秀明「『エヴァ』は繰り返しの物語です。主人公が何度も同じ目に遭いながら、ひたすら立ち上がっていく話です。わずかでも前に進もうとする、意思の話で す。曖昧な孤独に耐え他者に触れるのが怖くても一緒にいたいと思う、覚悟の話です。同じ物語からまた違うカタチへ変化していく4つの作品を、楽しんでいた だければ幸いです」
(『ヱヴァンゲリオン新劇場版』DVDブックレットより)
繰り返すためには、どんなに進む方向が新しい感覚であろうと
シンジがどう見られるようになっていようと、一度90年代からはじめなければいけない
だから『序』では、90年代を強調します。
同時に、90年代を意識させられることで、見ているこちらはエヴァの呪縛から解き放たれない。
もう20年たっているのにね。
何度『序』を見ても、細かい部分を深読みして、混乱する感覚から逃れられません。
「エヴァ癖」はもう、一生抜けなさそうだ。
http://www.excite.co.jp/News/reviewmov/20140822/E1408644089092.html
2014年8月22日金曜日
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